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私の法人経営における「感謝」と「戦闘」

 私は今日、これまでのことを考えると多くの人々に対して感謝の気持ちを持たないわけにはいられません。まず、私が社会福祉法人を設立しようとした時に何も知らない私を導いてくれた人たちです。次に2つ目のケアハウスを建設する際に、進んでこのための用地を寄付してくれた地元の神林助一氏です。神林氏はご自分の先祖元来の土地を、ぜひこの地に高齢者のための施設をつくって欲しい、そして地域の人たちに役立てて欲しいと、まったく無条件で800坪余の土地を提供されたのです。この時には涙が出るほどありがたい思いでした。
 さらには、私が不動産業者としてみれば、それこそわが国で初ともいうべき高齢者向け全対応型マンション「サン・ソフィア新潟」を建設する時に協力してくれた人々です。このマンションは総費用が15億円にも及ぶものでした。当時はバブル経済が崩壊した影響で金融事情が特別に厳しい時期でした。それにもかかわらず関係した人たちからは格段の配慮と応援をしていただきました。自分では成功する確信はあったとしても、他の人たちから信用してもらえることは別ですから、今にしても感謝の念に耐えられません。
 また、特別養護老人ホーム(特養80人、ショートステイ20人)の設立についても多くの人々の手を煩わしました。まことに今日まで感謝することの連続でした。

 しかし、一方では戦いの連続でもありました。それは、初回の「鶏鳴」に書いたように、私の福祉業界に進出した経営理念が、民間のどの事業にも当てはまる競争を前提とした成果主義ともいうべきものだったのに対して、周囲の、特に新しく雇用した職員たちの持つ社会福祉という概念でした。介護保険ができた時点で、「措置」から「契約」へと移行するということは、主に行政の大きな変換を意味することだったのですが、この「業界」で長く仕事をしてきた多くの職員にははっきり理解ができなかったのでしょう。さまざまな軋轢が職員との間で生じました。行政当局も「これまでの経営方法では、やっていけませんよ」と単なる「警鐘」とも「警句」ともとれることしか言いませんでした。その程度の言い方ではまだ目指すところがはっきり伝わらなかったのです。江戸時代から明治になりました。「士農工商」から「四民平等」になりましたと言ってもまだ抽象的なのです。その先に何が来るのかはっきり具体的に言わなければわからない人は多いのです。だれでも急激な環境の変化は居心地が悪いものです。当時は「経営」とか「利益」などというあからさまの言辞には反発もありました。

 そこで私は、できるだけわかりやすい説明をしようと努めました。まず、職場の環境についてです。「皆さんは福祉の仕事というと公務員になったつもりかもしれませんが、少なくとも私の経営するこの職場は社員何人(最初はケアハウス5人)という中小企業に勤めたということにほかならないのです。お客様(入居者)からいただいたお金で皆さんの給料が支給されるのです。入居者は大切なお客様です。」事実、入居者がいてこそ補助金は来ますが、入居者がいなければ補助はないというものです。
 さらに体質の区別として、公民館的なものと民間的なもの(事業的に似ているものの代表的なものとしてホテル)を説明しました。ホテルの従業員はホテルのお客様からもらうお金で給料が出ていることは誰でも理解ができるからです。当時、ケアハウスの中で次のようなことがありました。私たちのケアハウスは、玄関では外からの履き物を脱ぎ、内部はスリッパに履き替えます。その時職員の誰が考えたのでしょう。外来者用のスリッパをひとつのダンボール箱に入れて「スリッパに履き替えてください。お帰りの時はもとに返してください」と張り紙が貼られてありました。そこで、私は職員を集めて言いました。「このようなことは、公民館ではよく見かけることですが、ホテルでは見ることはありません」「ホテルではお客様が自分の履き物やスリッパを脱ぎ散らかしたとしても、従業員が必ずちゃんと揃えて置きます。このケアハウスも玄関には、スリッパは必要と思われる数を揃えておきましょう。さらには来訪者(主に家族の方など)があった時、その方々の履き物もその都度きちんと揃えてあげましょう。そうすれば、お客様はこの次からきっと、自分で揃えて脱ぎ、スリッパもきちんと揃えてお帰りになるでしょう。仮にそうでなかったらすぐさまこちらで揃えておきましょう。自分がホテルでどのようなサービスを受けているか、自分の家ではお客様にどのような気配りをしているか、ケアハウスといえども同じことをすれば良いのです」と説明しました。事実、以後は私の指摘したとおりとなりました。
 また、当初は入居者が何かの用事で事務室のドアや窓口を開けて、室内にいる職員に話しかけると、私としては考えられないことでしたが、若い職員は椅子にかけたままで顔だけを向けて、「はい、なんでしょうか」と応対をするのです。そこで私はマニアルを作りました。このような時には、①まず「はい」とはっきりと返事をする。②同時にすぐ椅子から立ち上がる。③急ぎ足で入居者のもとに寄る。④そののちに会話を始める。というものです。 今このようなことを書いていると、いかにも稚拙であったことが思い出されて、隔世の感を覚えざるを得ません。

 現在でも、私はかなり厳しい注文を職員に出しています。(それとて、他の職業では当然のことなのですが)その一例を言えば、まず日常の実務的なこととして、施設の空室を一日たりとも作ってはならないということです。ケアハウス、特養、特定施設、(さらにはデイサービス)などでは入居の希望や利用の希望がたくさん来ているのに、入退去の際の入替えの時には、まだ平気で(と私にはうつる)空室日数を出しているのです。やむを得ない場合もあるのでしょうが、絶対にゼロを目指す決意を持つべきです。
 また私は電話の応対についても全体的なレベルとして不満を持っています。これについては、私は当初、かかってきた電話を最初に対応する「電話のでかた」について各施設にわざわざモデルとしての録音テープを配布してレベルアップを要求していたのですが、これがさっぱり効果を上げていないのが実情です。全員ではないとしても、一部の職員の自覚の足りなさを感じる時があります。電話における「最初のでかた」は、その会社、法人、施設のレベルをはかる上でもっとも重要な観点と私は考えています。
 そこで私は、最後通告とも言うべく、本職のアナウンサーに依頼して、「最高のもの」を示して、徹底させたいと思っています。これを読まれた方々が試しにかけてこられたら、どんな感想をお持ちになるかなと密かに興味に思っています。はたして、私の期待に職員は応えてくれているでしょうか。

 さて、ここで少し飛躍した持論をとお断りして書かせてもらえれば、(あるいは現在ではもうこのように断る必要はなくなったでしょうか)「福祉」や「介護」の世界は、業務という点で見れば、分類としてはりっぱな「サービス業」だということです。
「サービス業」の到達点はお客様に「感動」を与えることです。すでに「措置」から「契約」の時代になったといっているのです。この場合の契約は双務契約ですから、対象たるものを提供して対価をいただくということにほかなりません。対価(代金)をいただいて提供できる最高のものとは、単なる「瑕疵のない対象物」ではなくて、その余のものとしての感動が供わなければなりません。これは難しいことです。(それゆえ最高のものといっています)しかし、私たちはいつかどこかで体験しているはずです。何かを受け取って、代金を払って、なお感謝をしたということはあるはずです。感謝をしてもらうことを期待して、何かを渡すわけではありませんでしょうが、私たちは感謝をすることがあります。これが感動だと私は言います。授受の側のいかんに問わず、感動のある場面は美しいものです。感動のある人生はなんと素晴らしいことでしょうか。
 私をとりまく、常陽会の中で目指す到達点はこれに尽きると思っています。しかし、これは私が言うことは言えるにしても、行動として完結させることは難しいことだと思っています。ましてや職員が職場の隅々にまで行き渡らせることは至難のことと言えるでしょう。これが私にとって(職員にとって)戦闘だと私は言うのです。

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